本稿は、日英語の助動調構文の比較研究の一環として、英語などの欧米の言語
よりも特に日本語において顕著に現れる「視点現象」について、視点と関わりの
強い補助動調のうち「~テクル」に焦点を当て、その分析を通して、他言語とは
異なる日本語の特殊性を明らかにしようとするものである。
英語などの言語と比較すると、日本語は出来事を話し手の視点(viewpoint)から
表現する傾向が強い言語であると言われている(庵他2000,p.121)。英語にも日
本語にも、話し手の視点が深く関わっている構文がある。下の(1)と(2)に示す受動
文が、その典型的な例である。
(1) a. I was hit by John.
b.??John was hit by me. (西光他1997,p.167)
(2) a.私はいつもこの車に乗っている。
b.*この車はいつも私に乗られている。
上の2例は、一般的に出来事は他者(または他の物体)よりも話し手自身の視点
から描写される傾向があることを示している。
話し手の視点は、ある種の構文だけでなく、語彙的にも表される。例えば(3)
に示すように、日本語の「くれる・あげる」は、それに相当する英語のgiveには
ない視点制約がある述語である。また、(4)と(5)に示す補助動詞の「~テ
モラウ」や「~テクル」も、視点制約が働く表現である。
(3) a.ジョンは私にりんごを{くれた/*あげた}。
b. John gave me an apple.
(4) a.私は太郎に食事を作ってもらった。
b.??太郎は私に食事を作ってもらった。
(cf.太郎は私に食事を作ってくれた。)
(5) a.太郎が私に小包を送ってきたよ。
b.*私が太郎に小包を送ってきたよ。
(cf.私が太郎に小包を送ってあげたよ。)
(4)と(5)から、「~テモラウ」も「~テクル」も、行為の影響を受ける人物が話し
手であることを要求する点で共通していると考えられる。両者の違いは、行為の
影響を受ける人物が、「~テモラウ」では主語位置にあるのに対し、「~テクル」
では後置詞句「~に」置かれるという文法的な違いである。
本稿で主に取り上げるのは(5)の「~テクル」文であるが、実際に「~テクル」
が使われている文を調べてみると、(5b)のような文(節)であっても、自然な解
釈が可能な事例がいくつか観察された。そこで、本稿では、補助動調「~テクル」
の持つ文法的な制約について、文の構造や話し手の視点と関連させながら考察することにする。加えて「~テクル」の分析を通して、この現象が示す言語学にお
ける理論的含意についても述べる。