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O brave new world,\nThat has such people in’t! (Act 5,sc. 1)\nアメリカの文化や文学を学ぶ際の必読書として、レオ・マークスの『楽園と機械文明』がある。この本でマークスが試みるのは、パストラル(牧歌)という西\n欧伝統の詩の型式を通して、アメリカの文化や文学の特質を理解することである。\nパストラルとは、基本的に、羊飼いの平和で幸福な緑の世界を意味する。マーク\nスは、この型式を援用して論を展開する過程で、上記シェイクスピアの『テンペ\nスト』に言及する。理由は、この作品もまた伝統的パストラルの構造を内包する\nと考えられるからであり、しかもミランダが口にする「すばらしい新世界(brave\nnew world)」ということばには、新たに発見された「新世界」としてのアメリ\nカの姿が重なるからである。\n『テンペスト』は1611年に書かれたとされている。当時、新世界アメリカは、\nイギリスの大衆の関心事であったという。じっさい、4年前の1607年には、新\n世界バージニアのジェームズタウンにイギリス最初の植民地が建設され、それを\n報告する本も出版されている。その2年後の1609年には、新世界を目指したイ\nギリスの船がバミューダ近海で遭難するという海難事故があり、その報告書も広\nく読まれていたという。報告書の作者の一人と、シェイクスピアは、親しい関係\nにあったともいう。このころの観客の関心は、魔術や権力闘争や新世界にあった\nというが、シェイクスピアはこの作品に、そのうちの一つである新世界を盛り込んだことになる。社会の状況や過去や現在の現実への広く深い目配り――シェイ\nクスピアは「百万の心(myriad-minded)」を持つとされるが、ミランダの「新\n世界」は、そのーつということになる。\n時代を下って、新世界アメリカで、19世紀中ごろ、「第二のシェイクスピア」(ブ\nライアント『メルヴィル研究必携』)と呼ばれる作家が生まれる。ハーマン・メル\nヴィル(1819-1891) である。代表作『モウビィ・ディック』(1851) は、巨鯨\nに脚を食いちぎられた隻脚の船長が、復讐のためにその鯨を追う物語である。こ\nれを語るのは、捕鯨船の乗組員としてこの船長と生活を共にした青年イシュメイ\nルである。巨大な鯨との壮絶な闘いの唯一の生き残りであるこの青年は、作品冒\n頭で、海に出るときの自分の思いを詳細に語る。海に出るのは、自殺を避けるた\nめであり、水に向かうのは人間の本性であり、海には、人を惹きつけて止まない\n魔法のような力が潜むこと―――これらについて雄弁に語る。その際イシュメイル\nは、海に出る自分の行動を、「運命」という舞台監督が司る「出し物」として眺め\nる。そして、そのプログラムは、こうなるはずだという。\n\u0027Grand Contested Election for the Presidency of the United States.\u0027\n\u0027WHALING VOYAGE BY ONE ISHMAEL.\u0027\n\u0027BLOODY BATTLE IN AFGANISTAN.\u0027 (Ch.1)\nイシュメイルのことばは、ユーモアにあふれている。荒唐無稽なふざけた話しのようにも思われる。舞台監督としての「運命」は、さながら魔法を操る魔術師\nプロスペローのようでもある。しかし、2番目のプログアム「イシュメイルの捕\n鯨航海」を挟んだ前後二つのプログラムは、じつは、作家メルヴィルを取り巻く\n現実の歴史の反映と見ることができる。『モヴビィ・ディック』の出版は1851年\nであるが、そう遠くない過去である1840年には、ホイッグ党候補ハリソンと民\n主党候補ヴァン・ビューレンの間で、国を二分する激しい大統領選挙が闘われて\nいる。また、2年度の1842年1月には、アフガニスタンのカブールで、イギリ\nス兵が虐殺されるという悲劇的事件が起きている。すなわち、イシュメイルが海\nに出たのは、この二つの出来事(プログラム)の中間の1841年頃ということに\nなる。ところがメルヴィルは、1841年1月 3日、捕鯨船アクシュネット号で現\n実に海に出ている。本家のシェイクスピアと同様、新世界の「第二のシェイクス\nピア」も、身の回りの現実をさりげなく作品に取り込んでいるのである。\n シェイクスピアやメルヴィルのこのような姿勢は、社会の状祝や歴史の現実を\n客観的に眺める視点という意味で、社会的観点、あるいは史的感覚ということば\nで捉えることができるかもしれない。しかしこのような観点、あるいは感覚は、\nより具体的に、どのような特徴をもち、どのような背景をもつものなのであろう\nか。とりわけメルヴィルの場合はどうか。", "subitem_description_type": "Other"}]}, "item_41_identifier_registration": {"attribute_name": "ID登録", "attribute_value_mlt": [{"subitem_identifier_reg_text": "10.15113/00010607", "subitem_identifier_reg_type": "JaLC"}]}, "item_41_publisher_14": {"attribute_name": "出版者", "attribute_value_mlt": [{"subitem_publisher": "岩手大学教育学部英語教育科"}]}, "item_41_source_id_25": {"attribute_name": "NCID", "attribute_value_mlt": [{"subitem_source_identifier": "AA11362676", "subitem_source_identifier_type": "NCID"}]}, "item_41_source_id_9": {"attribute_name": "ISSN", "attribute_value_mlt": [{"subitem_source_identifier": "1344-7807", "subitem_source_identifier_type": "ISSN"}]}, "item_41_text_4": {"attribute_name": "著者(機関)", "attribute_value_mlt": [{"subitem_text_value": "岩手大学"}]}, "item_41_version_type_27": {"attribute_name": "著者版フラグ", "attribute_value_mlt": [{"subitem_version_resource": "http://purl.org/coar/version/c_970fb48d4fbd8a85", "subitem_version_type": "VoR"}]}, "item_creator": {"attribute_name": "著者", "attribute_type": "creator", "attribute_value_mlt": [{"creatorNames": [{"creatorName": "星野, 勝利"}], "nameIdentifiers": [{"nameIdentifier": "64894", "nameIdentifierScheme": "WEKO"}]}]}, "item_files": {"attribute_name": "ファイル情報", "attribute_type": "file", "attribute_value_mlt": [{"accessrole": "open_date", "date": [{"dateType": "Available", "dateValue": "2016-11-14"}], "displaytype": "detail", "download_preview_message": "", "file_order": 0, "filename": "beeiu-v13p98-112.pdf", "filesize": [{"value": "650.6 kB"}], "format": "application/pdf", "future_date_message": "", "is_thumbnail": false, "licensetype": "license_free", "mimetype": "application/pdf", "size": 650600.0, "url": {"label": "beeiu-v13p98-112.pdf", "url": "https://iwate-u.repo.nii.ac.jp/record/10613/files/beeiu-v13p98-112.pdf"}, "version_id": "886f6d6b-e949-4f65-9201-2b0e9b9486f1"}]}, "item_language": {"attribute_name": "言語", "attribute_value_mlt": [{"subitem_language": "jpn"}]}, "item_resource_type": {"attribute_name": "資源タイプ", "attribute_value_mlt": [{"resourcetype": "departmental bulletin paper", "resourceuri": "http://purl.org/coar/resource_type/c_6501"}]}, "item_title": "高貴の系譜 : メルヴィルの史的感覚とその背景", "item_titles": {"attribute_name": "タイトル", "attribute_value_mlt": [{"subitem_title": "高貴の系譜 : メルヴィルの史的感覚とその背景"}]}, "item_type_id": "41", "owner": "3", "path": ["1546"], "permalink_uri": "https://doi.org/10.15113/00010607", "pubdate": {"attribute_name": "公開日", "attribute_value": "2013-11-25"}, "publish_date": "2013-11-25", "publish_status": "0", "recid": "10613", "relation": {}, "relation_version_is_last": true, "title": ["高貴の系譜 : メルヴィルの史的感覚とその背景"], "weko_shared_id": 3}
高貴の系譜 : メルヴィルの史的感覚とその背景
https://doi.org/10.15113/00010607
https://doi.org/10.15113/00010607681020e4-1654-4351-a9fc-625539650b7d
名前 / ファイル | ライセンス | アクション |
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beeiu-v13p98-112.pdf (650.6 kB)
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Item type | 紀要論文 / Departmental Bulletin Paper(1) | |||||
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公開日 | 2013-11-25 | |||||
タイトル | ||||||
タイトル | 高貴の系譜 : メルヴィルの史的感覚とその背景 | |||||
著者 |
星野, 勝利
× 星野, 勝利 |
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著者(機関) | ||||||
岩手大学 | ||||||
Abstract | ||||||
内容記述タイプ | Other | |||||
内容記述 | シェイクスピアの『テンペスト』はさる無人島に設定されている。旧ミラノ大 公である魔術師プロスペローとその娘ミランダは、難破した船を逃れてこの島に 上陸する。上陸した二人は、やがてそこで、妖精や蛮人やかつての仇敵たちが複 雑に絡みあう不思議な世界を体験する。その終わり近くで、恋人と無事結ぼれる ことになったミランダは、思いを込めて次のようにいう。 O,wonder! How many goodly creatures are there here! How beauteous mankind is! O brave new world, That has such people in’t! (Act 5,sc. 1) アメリカの文化や文学を学ぶ際の必読書として、レオ・マークスの『楽園と機械文明』がある。この本でマークスが試みるのは、パストラル(牧歌)という西 欧伝統の詩の型式を通して、アメリカの文化や文学の特質を理解することである。 パストラルとは、基本的に、羊飼いの平和で幸福な緑の世界を意味する。マーク スは、この型式を援用して論を展開する過程で、上記シェイクスピアの『テンペ スト』に言及する。理由は、この作品もまた伝統的パストラルの構造を内包する と考えられるからであり、しかもミランダが口にする「すばらしい新世界(brave new world)」ということばには、新たに発見された「新世界」としてのアメリ カの姿が重なるからである。 『テンペスト』は1611年に書かれたとされている。当時、新世界アメリカは、 イギリスの大衆の関心事であったという。じっさい、4年前の1607年には、新 世界バージニアのジェームズタウンにイギリス最初の植民地が建設され、それを 報告する本も出版されている。その2年後の1609年には、新世界を目指したイ ギリスの船がバミューダ近海で遭難するという海難事故があり、その報告書も広 く読まれていたという。報告書の作者の一人と、シェイクスピアは、親しい関係 にあったともいう。このころの観客の関心は、魔術や権力闘争や新世界にあった というが、シェイクスピアはこの作品に、そのうちの一つである新世界を盛り込んだことになる。社会の状況や過去や現在の現実への広く深い目配り――シェイ クスピアは「百万の心(myriad-minded)」を持つとされるが、ミランダの「新 世界」は、そのーつということになる。 時代を下って、新世界アメリカで、19世紀中ごろ、「第二のシェイクスピア」(ブ ライアント『メルヴィル研究必携』)と呼ばれる作家が生まれる。ハーマン・メル ヴィル(1819-1891) である。代表作『モウビィ・ディック』(1851) は、巨鯨 に脚を食いちぎられた隻脚の船長が、復讐のためにその鯨を追う物語である。こ れを語るのは、捕鯨船の乗組員としてこの船長と生活を共にした青年イシュメイ ルである。巨大な鯨との壮絶な闘いの唯一の生き残りであるこの青年は、作品冒 頭で、海に出るときの自分の思いを詳細に語る。海に出るのは、自殺を避けるた めであり、水に向かうのは人間の本性であり、海には、人を惹きつけて止まない 魔法のような力が潜むこと―――これらについて雄弁に語る。その際イシュメイル は、海に出る自分の行動を、「運命」という舞台監督が司る「出し物」として眺め る。そして、そのプログラムは、こうなるはずだという。 'Grand Contested Election for the Presidency of the United States.' 'WHALING VOYAGE BY ONE ISHMAEL.' 'BLOODY BATTLE IN AFGANISTAN.' (Ch.1) イシュメイルのことばは、ユーモアにあふれている。荒唐無稽なふざけた話しのようにも思われる。舞台監督としての「運命」は、さながら魔法を操る魔術師 プロスペローのようでもある。しかし、2番目のプログアム「イシュメイルの捕 鯨航海」を挟んだ前後二つのプログラムは、じつは、作家メルヴィルを取り巻く 現実の歴史の反映と見ることができる。『モヴビィ・ディック』の出版は1851年 であるが、そう遠くない過去である1840年には、ホイッグ党候補ハリソンと民 主党候補ヴァン・ビューレンの間で、国を二分する激しい大統領選挙が闘われて いる。また、2年度の1842年1月には、アフガニスタンのカブールで、イギリ ス兵が虐殺されるという悲劇的事件が起きている。すなわち、イシュメイルが海 に出たのは、この二つの出来事(プログラム)の中間の1841年頃ということに なる。ところがメルヴィルは、1841年1月 3日、捕鯨船アクシュネット号で現 実に海に出ている。本家のシェイクスピアと同様、新世界の「第二のシェイクス ピア」も、身の回りの現実をさりげなく作品に取り込んでいるのである。 シェイクスピアやメルヴィルのこのような姿勢は、社会の状祝や歴史の現実を 客観的に眺める視点という意味で、社会的観点、あるいは史的感覚ということば で捉えることができるかもしれない。しかしこのような観点、あるいは感覚は、 より具体的に、どのような特徴をもち、どのような背景をもつものなのであろう か。とりわけメルヴィルの場合はどうか。 |
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出版者 | ||||||
出版者 | 岩手大学教育学部英語教育科 | |||||
登録日 | ||||||
日付 | 2013-11-25 | |||||
言語 | ||||||
言語 | jpn | |||||
資源タイプ | ||||||
資源タイプ識別子 | http://purl.org/coar/resource_type/c_6501 | |||||
資源タイプ | departmental bulletin paper | |||||
著者版フラグ | ||||||
出版タイプ | VoR | |||||
出版タイプResource | http://purl.org/coar/version/c_970fb48d4fbd8a85 | |||||
ID登録 | ||||||
ID登録 | 10.15113/00010607 | |||||
ID登録タイプ | JaLC | |||||
NCID | ||||||
収録物識別子タイプ | NCID | |||||
収録物識別子 | AA11362676 | |||||
書誌情報 |
岩手大学英語教育論集 巻 13, p. 98-112, 発行日 2011-03-23 |
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ISSN | ||||||
収録物識別子タイプ | ISSN | |||||
収録物識別子 | 1344-7807 |